【戦う以前の問題】心で負けている子は合格から遠ざかる

受験生たるもの

もやもやしていることがある。

昨日、中3に話したからここでも書く。

「学校見学で勉強できない・塾に遅刻する」
というのは仕方のないことなのか?

学校見学と言われれば「仕方ない」と思うものかもしれないが、
状況によってはそうじゃない。

その学校見学は本当に必要なのか?

これは一考する価値があるはずなんだ。

たとえば、「偏差値60・内申5科22」の子が、「偏差値60の高校を志望校」にしている。
だから、同じレベルの高校をいくつか回る
というのは、進学先を「吟味」する上で必要だろうと思う。

しかし、その子が50前後の高校を見にいくとしたら。

…え…?
何のために?
その高校に行きたいの?
時間のムダでは?

と思うのである。

この時期に模試の判定でS判定になるような高校ならば、
「第一志望で行きたい」学校でなければ、見る価値はない。

子どもは「念のため…」と言う。

はい?
念のため?

「すべり止め(併願推薦)」の私立高校は何のためにあるの?

それ以上に、夏休みにして「念のため」と考えている『心』に問題がある。

あとちょっとの努力で合格できるレベルの高校を希望しているなら、
その高校に合格できるように、寸暇を惜しんで勉強すればいいのでは?

現状でS判定が出るような高校を見にいく暇があるのなら、
「行きたい高校」に合格できる「学力」をつける努力に時間を割くべきだ。

それが、受験生たる心がまえなのではないか。

夏休みから「万が一」「念のため」を口にするような受験生は、
戦う以前に、「心」で負けている。
マイナスのベクトルは、合格から遠ざかるのみだ。

「希望の学校」があるのなら、「そこに合格する」ことだけを考えて、
必死に勉強する、それができるのが夏休みだ。

甲子園の熱闘が人の心に響くのは、
「甲子園で勝ちたい」「1試合でも多くやりたい」といった気持ちと
彼らのそれまでの努力を、見ている人が想像できて自然と応援したくなるからだ。

彼らの中に「万が一負けたら…」なんて考えている選手は皆無だろう。

もっと「応援したい」と自然に思うような受験生になってもらいたい。

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