【結局は自分次第】自分に向けられる言葉は自分次第で変化する

つぶやきみたいなもの

たとえばね、

教室の窓ガラスを生徒の誰かが割ってしまい、
その瞬間に(割れた瞬間は見ていない)先生が入ってくる、そんな場面があるとするじゃん。

で、先生がある生徒「〇△くん」を見て、

「『〇△くん!』君はなんてことを!けがはないか!?」

と言ったとする。

すると、子どもって心境的に『先生は自分を疑った』『犯人と決めつけた』って思う。
そうでない子もいるかもしれないけど、こう思う子も多いだろう。

しかしね、僕から言わせてもらえば、
先生が ”目の前の子たちを信じて” 発した言葉ということもできる
そういう見方もできると思うんだ。

子どもたちの日々の生活を間近で見る、そして接する中で、
「〇△くん」に対して持つ印象が固まってくるよね。

つまり、この先生にとっては、
「○△くんは窓ガラスを割る子だと”信じている”」
つまり、「〇△くんを信じている」から、この発言になったという訳だ。
(細かく言えば、先生自身が持つ「〇△くんに対する印象」を信じている)

何が言いたいか?

疑われるとか文句ばかり言うのではなく、自分の言動を顧みて、
相手にどういう印象を持たれているのかを考えることも大事だ

ってことよ。

よく言うじゃん。

「火のない所に煙は立たぬ」

ってさ。

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