【落とし穴】本当に得意になったのか

塾講師として思うこと

勉強は継続してなんぼである。

学力はその継続の先に向上するものだ。

これまで対して努力してこなかった子が、
少しがんばってみたら、思いのほかいい結果が出た。

よくあるのは、同時期に受けたテストや検定でいい結果が出るパターン。
それは嬉しいよね、ちょっとやればうまくいったんだもの。

そして、「努力の結果」で「得意になった」と思い込む。

もちろん、結果が出ることはいいことだ。

しかし、これが続かなければ「まぐれ」に終わる。

そのことに気づかず「得意教科だから」と学習ペースを落とす。

「毎日これはやろう」と言われていたことをやらなくなる。

こちらがどんなに声をかけたところで暖簾に腕押し。

どうなるか。

みなさんのご想像にお任せしよう。

僕はいつも思っている。

それも含めて、その子(+家庭)の実力だと。

冷たい?

いやいや、そういう顛末を目の当たりにしなければ気づかない。

チャンスをものにできないことこそ実力でしょ。

お膳立てはあるのだから、チャンスをつかむのは自分自身であるべきだ。
そして、義務教育中の子どもなら、家庭のサポートは欠かせない。

「伸びてきたきたかも!?」

そう思ったところからが本番で、得意にできるかどうかが決まるんだよ。

つまり、成果が出はじめたところからの継続が大切ってことだ。

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