【塾講師の責任】子どもたちにとって講師は…

塾講師として思うこと

「ひとり」なんだよ。

何言ってんの?って感じよね。

講師にとって、生徒の数は毎年増えていくものなんだけど、
生徒にとって、講師は教わる人ただひとり。増えることはない。

そういうこと。

もちろん、教科ごとに講師がちがうとか、細かいことを言ったらキリがないよ。
今は、そういうことを言いたい訳じゃない。

生徒にとって講師は1人だから、教わった講師のことをしっかり覚えているってこと。
僕だって、中学時代にお世話になった塾の先生、みんな覚えている。

だからね、卒業するまで僕の塾に通ってくれた子には相応の責任があると思う。
彼らにとって、幸か不幸か、出会ってしまった塾の講師は、卒業まで「僕」だったのだから。

当たり前だと思うけど、卒業までいた子たちのことは全員覚えている。
20年と言っても、こんな零細塾だから大した人数じゃないし、自慢にならん。

ちなみに、辞めた子もほぼ100%覚えてる。辞めた瞬間に、僕のメモリからは消えるんだけど、ハードディスク(記憶装置)には残るらしい。これは塾屋の執念か!?笑
あと、「辞める」と言われて絶対に引き留めないのは、「やめたい」と言う子(家庭)には、責任持てないでしょ。だから。
むしろ、「新しい環境をどうぞ探してください」という方が、僕の責任を果たすことだと思っている。

「責任」とかたいそうな言葉を使ったけど、価値観の問題だから、何を「責任」と考えるかは人それぞれ。
その上で僕は、「生徒にとって講師が僕ひとり」であるならば、それに応える行動をする。逆にそうでないなら、さっさと「その子にとってのひとり」を探してもらう。
個人塾では当たり前の考え方かなと思うけど、大手塾でこういう価値観で働いている塾講師は少ない(というより気づいてすらいない)気がするから書いてみた。

だって、大手塾のサラリーマンたちは「自分の査定」を下げない(誰でもウェルカム&退塾阻止)ことに日々、心血を注いでいるようだからね。僕にはできないことをしているという点では尊敬できる。

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